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空飛ぶ色いろnatsuno07

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2019.06.15  月下美人 


gekkabijin201906.jpg
月下美人
(文春文庫 2001/10/10)
吉村 昭

母の本棚には吉村昭の本がけっこうありました。
昭和2年生まれの著者は母と同世代です。
新潮少年文庫の「めっちゃ医者伝」が面白かったので、
早速読んでみることにしました。
まずは電車の行き帰りに読みやすい文庫本。
きれいなタイトルなので、どんなかなと。

この本は短編集です。表題作の「月下美人」は
「逃亡」という作品のモデルとなった人物と著者のエピソードで
画家が絵を描いている自分を描く「自画像」のような作品です。
とても硬質な印象で、エッチングのようでもあり、
画質のざらっとしたモノクロ写真のようでもあります。
「月下美人」は花の名で、表紙の絵の通りの
白い菊と睡蓮を合わせたような花を
夜の数時間だけ咲かせ、香りもいいそうです。
めずらしい花が咲いているところを見たいと思う気持ちと
数奇な人生を送った他人に関心を抱くということが
重なっているのか・・・。

他の作品も私小説で
脚色せずに語ろうとするあまりに陰気になってしまう
自分のことなのに淡々とし過ぎていて、ちょっと怖い
そんな感じでもあります。
ただ「表」の作品であるノンフィクションの代表作を
知らずして、裏を読んでるから
「暗く」感じるのかもしれないとも思うのでした。

8作品のうちの最後の3作
「夢の鉄道」「欠けた月」「冬の道」
はどれも終戦直後の東京が出てきます。
食料も住居も衣類も不足していた時代
医師不足も深刻だったようです。
米や麦を届けてくれる人しか診ないのだと
急患を断る近所の医師、
川を隔てた遠い街まで、自転車を漕いで
往診してくれる医師。
こういう極端な大人たちの背中を見ながら
終戦直後の世に生きている18歳の青年のごく私的な物語。
読み終えても消えない余韻がありました。

関連記事 in my blog;: めっちゃ医者伝


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2019.03.22  希望荘 


kiboso201903.jpg
希望荘
(文春文庫 2018/11/10)
宮部 みゆき

杉村三郎が主人公のミステリー4作目です。
出版社のサイトで著者のインタビューを読んでみたら、
海外ミステリーから「インスパイア」されている
部分があるそうなので、きっと詳しい人は
なるほどなぁと思うのかもしれません。
そういうことは全くわからない私は、
ミステリーそのものよりも・・・
「杉村三郎の結婚に反対の親族・その4」みたいな気分で
「この結婚はどうなんだ」などと思っていました。

とか何とかいいながらも宮部みゆきの本は
読みたいので、ずっと読んできたのですが、
「希望荘」を読み始めたら、杉村三郎がなんと
離婚をしているではないですか。
前作をふりかえってみると、たしかに
そんな展開もあったような。
もーすぐ忘れちゃうので、やだやだです。
とはいえ親族その4みたいな読者としては、
もちろん、つらい部分も多いだろうけれど、
良かったのではないかと思ったりするのでした。

「希望荘」の他に3篇の作品が載っています。
東日本大震災後の東京が舞台ですが、
25年くらい前の東京が舞台の
「淋しい狩人」と少し似た感じになっていて
読者的にも、帰ってきたような気持ちになりました。
日常にふと感じる違和感が
とても重かったり深かったり酷かったりする
何かにつながっているのです。
杉村三郎は探偵ですが、
「病」の原因を丁寧に発見してくれる
信頼のおける「町医者」のような感じでもあります。

4つの作品はどれも
かなり怖いものを秘めているミステリーです。
どの怖さをいちばん怖いと感じるのでしょうか。
わたしは、「砂男」がわかりやすく怖かったけれど、
じわじわと後まで残る感じで「聖域」も怖かったです。


関連記事 in my blog: 淋しい狩人


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2019.02.12  風が強く吹いている 


kazetsuyo201902.jpg

たどりつきたい場所があるわけでもないのに
毎日毎日走り続けてしまう。
そういう人間のなかに、走るという行為に対する好悪を
断言できるものなどいるだろうか。


正月休みを終えた電車の中で読み始めて
数ページもしない箇所で、
これから何がどうなるかもわかっていないのに
うるっと来てしまいました。
仕事は好きだからやっている、嫌いだからやめる
とかいうのとも違う。といってお金がもらえればいいのとも違う
生きるということばに置き換えてもいいかも。
「生きること」が好きか嫌いかなんて言えない。

故障を抱えた指導者が、
ぐれていたり、拗ねていたりする才能のある人を軸に
素人集団をたたきあげる
リトルリーグだとか、タップダンスだとか
ハリウッド映画では
たびたび見かけるストーリのような気がします。
「やってみなきゃわかんないじゃないか」
そんな愛と希望と勇気を与えてくれる話、という大筋は、
だいたい勝敗がみえているという
マラソンの試合のようなものかもしれません。
それだけなら、ありがちな話ですが、そうではない。
そこにその時その状態で
彼らがどう走ったのかという物語が
とてつもなく面白いのでした。

現実に生きるということは箱根駅伝のように
その区間に適しているだろうと思われた走者として
走っているわけではありません。
歯をくいしばって走った先で、歓声が待ち構えているわけでもない。
彼らが大人として、出ていく先の「社会」では
東体大の榊のような考えの方が優勢です。
でもまるで選択の余地がないわけじゃない。
その区間をどう走るのか
そこに「風が強く吹いている」というタイトルがぐっときます。

幕末の志士たちが登場すると必ず
「風雲急を告げる」なんてことばが
枕詞みたいにくっついてきますが、
伝説を生んだ青竹荘
歴史の中にはそういう場所や空間や出会いがあるものなのか。
青竹荘の大家さんと犬のニラも愛しいです。
レースの伴走をしている車から大家さんが
「碁というものは・・」と語りだすシーンは大爆笑でした。

関連記事 in my blog: 舟を編む


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2019.02.09  琥珀のまたたき 


kohaku201902.jpg
琥珀のまたたき
(講談社文庫 2016)
小川 洋子

表紙に惹かれてジャケ買いしましたが、
読んでいて、息苦しかったです。
世の中のたくさんの小川洋子ファンは、
何を言ってんのこの人と思うかもしれませんが、
下記は正直なわたしの感想です。

三人の子供を古い別荘に閉じ込めた母親の
「魔犬」のつくり話によるマインドコントロール。
作家はインタビューで、
3人の子供たちの輝きを感じてほしいと語っていました。
たしかにどんな場所においてもどんな状況下にあったとしても
生命の営みというものに輝きというものがある
・・・・・
のかもしれないけれど、
生きた人間がつくり話の恐怖に支配され閉じこめられるなんて、
美しかろうが、輝きがあろうが
緊急避難案件としか思えませんでした。

だから5歳のときのままの半ズボンをむりやりはかされ
ぼろぼろの鬣を縫い付けた、
幼児サイズのTシャツを着せられた異様な少年を
水道の検針にきた女性がみつけるというシーンに
どれほどほっとしたことか。
10歳になった少年が、1匹の猫の命を気にかけたこと
女性が、一人の少年をほおっておけなかったこと
その出会いがほころびとなって
「つくり話」が崩壊していくシーンです。

「それは本当ではないけれど、空想は心を自由にする」
という意味は何となくわかるけれど
「つくり話」に囚われるということを安易に美しいと言いたくはないし、
わたしが思う美しさとは違うなと思うのでした。

最近虐待で亡くなった少女のニュースを聞いたほとんどの人が
助けてあげたかったと考えたと思います。
その数は何千万人にも及び、
そんな多くの人の思いがあっても
現実に助けることはかなり難しいことです。
子供にとって家庭は安全地帯にもなれば
地獄にもなるということ、
この小説は
その恐ろしさをひしひしと感じさせるものでした。

関連記事 in my blog: ことり


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2018.06.26  雁の寺 


gannotera201806.jpg
越前竹人形 雁の寺
(新潮文庫 1969/3/20)
水上 勉

先日読んだ「ものぐさ太郎の恋と冒険」には、
乱世が生み出す鬼が出てきましたが、
「雁の寺」もまた、戦争に向かっていく昭和の混乱期
貧しい生まれの少年が、
抑圧され虐待されたあげく鬼となる作品です。

横溝正史と松本清張を足して二で割ったような
昭和っぽいミステリー風小説。
面白いか、と聞かれるとう~ん、とうなってしまいますが、
古い映画を見るように
当時の空気感のようなものが感じられるところが
面白いと言えるような気がします。

雁の寺で起きたできごとの「目撃者」となるのは、
寺の和尚に囲われて生きる色っぽい女性です。
色っぽいということが、この女性の生きるすべ。
戦前の女性は男性の庇護なしに生きることが出来なかった
それもなかなかに不気味だし、異様な感じがします。

小説が書かれた昭和30年代の日本でも、
まだまだ女性が「自立」して生きるのが難しい時代でした。
働いていたとしても、会社の女の子、職場の花
結婚までの「腰かけ」がせいぜい。
背広を着て、列車の中をタバコの煙だらけにして
日本全国を飛び回り、猛烈に働いているのは男たち。
そういう男らしさや、女らしさがあたりまえだった時代は
すっかり遠のきました。
その一方で、今を生きる人間には今目の前の問題がある。
犯罪の手口も、犯罪の動機も。
「らしさ」の定義は変わっても、人のこころの闇は
あいかわらず不気味でありつづけるようです。

昭和36年、水上勉はこの作品で直木賞を受賞し、
翌年に「飢餓海峡」を執筆しています。

関連記事 in my blog: 仏ヶ浦 飢餓海峡


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2017.07.25  聞かせてよ愛の言葉を 


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家族手帳 Livret de famille
(水声社 2013/1/10)
パトリック・モディアノ 著 安永 愛 訳

阪大の文学部長の「何のために文学部に行くのか」
(http://skinsui.cocolog-nifty.com/skinsuis_blog/2017/03/post-ccef.html)
という式辞が話題になっているそうです。

そんな折、村上春樹が韓国で歴史問題と文学について語った言葉を
ネットでみかけました。
「大きく深い集団的な心の傷を有効に表現し、
癒すことが文学の役割ではあるが、
明確な目的を持って書かれた小説は
大部分が文学的に成功できないという事実を肝に銘じなければならない」

例えば、どんな小説が「明確な目的を持って書かれている」のか
知りたいような気がしますが、ともあれ
数か月前に読んだ、「騎士団長殺し」「影について」「家族手帳」
この3つの小説は、
「大きく深い集団的な心の傷について」の小説でした。
言い換えると第二次世界大戦という
歴史的背景をかかえた物語です。

モディアノの「家族手帳」の翻訳者
安永愛のあとがきには、以下のようなことが書かれていました。

そもそも文学に人を行動に駆り立てる直接的な力はない。
世の不正を糺したり、あるべき未来を指示したりする展望の力もない。
モディアノはそのことを強く感じていることだろう。
しかし、書くことを通じて、書かれたものを読むことによって
何かを悼むことはできる。愛おしむことはできる。
悼み、いとおしむことで他者の生を生き、
少しばかり自分の立ち位置について思いを巡らす。
文学に可能なのは、そのようなささやかなことではないだろうか。


「聞かせてよ、愛のことばを」というシャンソンは
作者の中にユダヤ人がいるために
占領下のパリでは歌うことが禁止されていたそうです。
でも年越しライブでその歌を歌っている歌手がいる。
それを聞いている父母がいる。
その二人から生まれた「わたし=パトリック・モディアノ」が、
自分の知らない、その過去の瞬間に思いをはせています。
「自由」「魂の尊厳」「愛」などなど
もろもろが混ざりあいながら、
たしかに、そこにあるのは、人の愛しさだなと思うのでした。

関連記事 in my blog: 家族手帳, 影について


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2017.06.12  家族手帳 Livret de famille 


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家族手帳 Livret de famille
(水声社 2013/1/10)
パトリック・モディアノ 著 安永 愛 訳

モディアノは1945年生まれの、ユダヤ系作家で、
2014年にノーベル文学賞を受賞しています。
「家族手帳」は1977年、著者が32歳の時に出版されています。

ばらばらな記憶の断片が時系列を無視して
並べられていく不思議な小説です。
そもそもいったい何の話なんだと、
最後までよくわからないまま
尻切れトンボに終わる話や、詩のような話
映像のような話、が全部で15章。
そのうちの9章は、かつてフランス語の授業で
読んだことがありました。
1965年スイスのローザンヌで、
若者たちが過ごす夏の話。
主人公は、戦後生まれであるにもかかわらず
風化することのないホロコーストの恐怖に、
たえず脅かされています。
それがもっとも顕著なのが、9章でした。

Livret de famille(家族手帳)は、
日本だと戸籍謄本のようなもので、
言葉としては、いたって事務的な響きなのだそうです。
主人公の父はユダヤ系であったため、
身元を隠すため、実際とは異なる名前で届けられています。
その誰とも知らないような別人の名や、
それを形見と呼ぶよりほかに何も残っていない
記憶の遺品のようなものが
脈絡なく並べられている、そういう小説です。
14章で主人公は、たまたまみかけた不動産広告が
かつて幼い頃暮らしたアパルトマンだったため再訪します。
夜、暗いセーヌ川をすべる川船の光が
部屋の中を一瞬明るくします。
その光に、主人公は「かつての家族」を
ありありと思い出しています。

占領下のパリでは、影からあまりにどぎつい光へと
光から闇へと、人はいとも簡単に移っていってしまう


関連記事 in my blog: 戦争と美術 画家の魂

あらすじは(続きを読む)から。 ご参考までに。
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