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空飛ぶ色いろnatsuno07

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2020.01.15  精神の在り場所 


2020_tuwanoshinbun.jpg

「石蕗の花」の本の見返しに、
S63. 12.7 夕
と鉛筆書きされた新聞の切り抜きが
セロハンテープで貼り付けてありました。
著者が亡くなった1988年の夕刊に載ったコラム記事で
女性戦中派作家の死 ある「失意世代」
というタイトルです。

広津桃子(1918年 大正7年生)の世代の女性は
同年代の男性が戦争で亡くなっているため
生涯独身であったり、寡婦であったりして
「家庭のぬくもりを作り出す幸せを持たなかった」
と記事にはあります。

30年以上前の記事を書いた人は
「独身」と書いて「孤独」と読む、とでも思っていたのか。
独身で生涯を閉じた作家を磁石にすると
砂鉄のように「寂しい」という言葉が
吸い寄せられてくるとでも思っていたのか。

確かに戦時中に結婚適齢期を迎えたこの世代の女性は
夫や恋人を亡くした女性が多かったかもしれません。
でも寂しく生きたか、強く生きたか、楽しく生きたか、
そんなことは、その人にしかわからないことです。

「ひきこもり」「独居老人」「シングルマザー」などなど、
なんでもラベルをつけて書いたほうが、
記事は書きやすいのかもしれません。
とても巧い文章なので、さらっと読んだときには
ふうん、と納得してしまうのですが、
後からじわじわと、そうではない、と思うのでした。

「石蕗の花」は
網野菊という女性を悼む
哀歌(エレジー)ですが、
その哀しさは、寂しさとは違うものです。
その人が生きていた日々を愛おしむ気持ちです。

そういえば、「表札」という詩を書いた
石垣りん(1920年 大正9年生)も広津桃子と同年代で
生涯独身であった人でした。

精神の在り場所も
ハタから表札をかけられてはならない 
石垣りん
それでよい。


何かと表札をかけたがる世の中にあって
固定観念や思い込みこそが
寂しさを増幅させている、そんな気がします。
もっともこれは30年前の記事なので
今はもうちょっと違う感覚だと思いますが。

関連記事 in my blog: 石蕗の花ー網野菊さんと私


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2020.01.12  孫に語り伝える「満州」 



孫に語り伝える「満州」
(岩波ジュニア新書 1998/1/20)
坂本 龍彦

八木義徳の小説「胡沙の花」の舞台、
満州の奉天は作者が滞在した
1938年から1943年頃の風景です。
網野菊が「満州」について書いた作品は
まだ読んでいませんが、
網野菊が夫と奉天で暮らしたのは、
八木義徳よりさらに前
1930年から1938年までだそうです。
10年近く期間が違うので、
二人の作家の見た風景は随分違っていたでしょう。

歴史が大の苦手なわたしは「満州」について
ほとんど知らなかったので
母の本棚にあった、この本を読んでみることにしました。

著者は網野菊や八木義徳よりもさらに若い
昭和8年生まれです。
教職にあった父親の赴任先の満州へ
家族とともに移り住んだ少年。
彼が経験したのは
思っていた以上に壮絶な物話でした。
八木義徳の小説に出てくる奉天の冬も
相当に寒そうでしたが、
それよりもさらに北の町です。
引き上げの船が着く港町ははるかに遠いのです。

とはいえ終戦前に日本に戻った
八木義徳や網野菊が幸せだったかというと
彼らもまた空襲で家や家族を失っています。

著者の書いた絵や詩なども交えた「語り」は
若干感傷的すぎる気もしましたが、
よく考えれば、それも仕方のないことかと。
著者にとっては、よく行くお店のおばさんや
同級生が巻き込まれていった悲劇です。
一方で、広大な大地に落ちる夕日の美しさや
エキゾチックな街の喧騒に心を駆り立てられる
そういう感覚もあったのだろうと思います。
(そういえば茂井田武の「古い旅の絵本」の中に
満州の都市のひとつである「ハルピン」が出てきました。)

石原吉郎のいうところの
「一人一人の名前が見えないジェノサイド」ではないからこそ
悲しみが深い。
そのことを、また改めて思うのでした。

関連記事 in my blog:: 胡沙の花・ほかー八木義徳全集より 
古い旅の絵本ー8月15日に思うこと


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2020.01.09  家庭料理 野菜編 


Yasaino202001.jpg
家庭料理 野菜編
(婦人之友社 1966/6/1)
沢崎 梅子

年末は勢いにおされて
肉だ野菜だ果物だと買い込んでしまう傾向があります。
無駄にしないようにせっせと冷凍保存して
財布のひもをひきしめていこうと思っていますが
初売りの八百屋さんの前で
大根を見たとたんに気持ちがざわざわ。

なぜ、わたしは大根を見ると気持ちがざわつくのか。

はて?と思うも、あっそうそう
年末は大根問題が常に頭の隅にあったのでした。
年の瀬は残業も増えるので帰りが遅くなります。
そしてクリスマスあたりからじわじわと野菜が高くなります。
保存のきくものはなるべく早くから買っておくのですが、
大根は、どうしてもみずみずしいのがほしい。
年があけてもその懊悩だけが残っていたのでした。
耄碌して、同じものを何度も買ってきてしまう
なんていうのも、そういう「なんとかしなきゃ」
という思いの残像からくるものなんだなと、
改めて思ったりしていました。

今年は、母のところからもらってきたお重箱に
おせちをつめてみました。
ただ器だけのことなのに
久しぶりに家に帰った気持ちになりました。
画像に映っている古い料理の本は
学生になって一人暮らしを始めたとき
「野菜のことが一からわかるから」と母がくれたものです。
最近はまったく開かなくなっていましたが、
久しぶりに開いてみたら、
母のおせちの「虎の巻」
黒革の手帳ならぬ、黒表紙のメモ帳もはさまっていました。

「黒豆と、二色たまごはわたしが作るから貸して」
と言って持ってきて、
母からは「返してよ」と言われていたのに
ずっと返さないでいました。
この手帳を見ながら、母がおせちをつくる横で
お手伝いという名のつまみ食いをしていた寒い台所が
懐かしく思い出されます。

関連記事 in my blog: イチゴと黒豆


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2020.01.05  ぎん色いろ色ーあけましておめでとうございます 2020 


shinnen2020011.jpg

あけまして、おめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

年末、体調を悪くしたうちの文鳥が
なんとか回復してくれて、一緒に年末年始を
過ごすことができました。
とはいえ、まだ心配なので
今年のお正月はほぼ、
ビニールの覆いをして温めている文鳥のケージのそばで過ごしました。

そんななので、
ご近所定点観測していたみたいな。
お休みしていた記憶を脳内で早送り再生すると
わぁっと年末のあわただしい買い物風景から
静かな元旦の朝があらわれ、
破魔矢を持った人が通り過ぎていくと
2日にはそろそろ駅前のお店は開いていて、
3日からはすぐ近所のスーパーも開いています。

日々、ぬくぬくと文鳥と過ごすしあわせ。
文鳥もときどきじっとこちらを見ています。
がんばって長生きしてもらいたいです。

shnnen202001.jpg
(近所の神社の樹が光っています)

関連記事 in my blog: ぎん色いろ色ーAudubon Songbirds Calender 2019


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2019.12.31  Review 2019 よいお年を 


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出口かずみ カレンダー展 日々是好日
於 西荻窪 「もりのこと」
(出口さんの絵の向こうに、師走の街が映りこんでいます。)

昼間は何だこれと思う生ぬるいような気温でしたが、
夜になって風が吹き荒れています。

今年は自分にとってはかなり苦しい1年でしたが、
なんとか今日までたどりつけました。
日々是好日というのは
はげまされる言葉です。

2019年もあと少しで終わっていきます。
来年はどんな年になるのでしょうか。


どうぞよいお年をお迎えください。


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2019.12.28  石蕗の花ー網野菊さんと私 


tuwanohana.jpg
石蕗の花ー網野菊さんと私
(講談社 1981/3/30)
広津 桃子

広津桃子は、1918年(大正7年)生れです。
1949年父和郎の病床を網野菊が見舞ったことから
ふたりの交流がはじまります。
網野菊が文鳥と暮らしていた市ヶ谷の家
「陽のさす部屋」である、護国寺裏のアパート
を広津桃子が訪ねていくのですが、
その光景がまるで映画を見ているように
ありありと伝わってきます。
市ヶ谷の家の庭先には、猫が何匹も来ていたようで、
網野菊は、広津桃子にこんなことを言います。

転ばないように杖でおいながら行くときがあるのだけど
そういう時、猫の露払いとおともをしたがえた
魔法使いのような気がして、なんだかいやね。


広津桃子もまた猫のように網野菊の家を訪ねたのか、
それとも
魔法使いの歳の離れた後輩として訪ねたのか
その独特の目線の中に描きだされる網野菊は、
本人の作品の中で見え隠れする
本人像とはまたちがった姿です。

1981年に出版されているこの本は、
30年近く続いた網野菊との交流の記録であり
変わっていく東京のどこかに

ささやかな家があり、謙遜な生活があり、
目立たぬ植木が身を寄せ合うようにして
花を咲かせ、紫の草花があり、猫どもがたわむれていた情景が
一段と色鮮やかに浮かんでくる


そういう広津桃子自身の心に映し出された光景でもあります。
63歳の広津桃子が、78歳で亡くなった網野菊の記憶を振り返る
1980年代の始め。
今から40年近く前のことです。
でも、広津桃子の語り口があまりに生き生きとしているので、
読みながらいつの時代の話なのか
よくわからなくなったりしていました。

関連記事in my blog: 陽のさす部屋


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2019.12.27  胡沙の花・ほかー八木義徳全集より 


書影
(オンマウスで、箱の裏。)
八木義徳全集 1
(福武書店 1990/3/15)

八木義徳は明治44年(1911年)生まれの作家です。
結婚して満州で仕事を持ちますが、
妻の神経衰弱をきっかけに帰国。
その後、召集されて再び大陸へ。
終戦を迎え日本に帰ってきて見ると
3月10日の東京大空襲で妻子は死亡。
そうした壮絶な日々を描いた作品が全集の1巻に載っています。

画家の香月泰男と同い年で、
詩人の石原吉郎の4つ歳上。
第二次世界大戦の前線にいたのは、
こうした人生の真っ盛りの男の人たちだったのだと
改めて思いました。

「帰来数日」「母子鎮魂」「相聞歌」には
ひとりの「日本兵」が、
誰でもない「自分自身」に戻り
妻子の死を知る時の
引き裂かれるような痛みと哀しみが描かれています。
この終戦直後を書いた作品のあと
満州での新婚時代をえがく
「胡沙の花」が載っています。
円満で幸せな夫婦とはいえなかった二人
特に満州での妻の様子は相当痛ましいものがあります。

物語はこれで終わったのである。
わたくしにはこれ以上書くべきことはもう何もない。


このような言葉で終わっていく「胡沙の花」ですが
夫婦にとって苦しかったはずのその時代さえも
どこか「花」があるように感じられてしまう。
それほど、終戦直後をえがいた3つの作品の哀しみは
強烈なものがありました。

石原吉郎は「望郷と海」の中で、

ジェノサイドのおそろしさは、一時に大量の人間が
殺戮されることにあるのではない。
そのなかに、ひとりひとりの死がないということが
私にはおそろしいのだ


と書いています。その見えていなかったひとりひとりの死に
ひとりの人間として直面せざるを得なかったたくさんの人々がいる。

戦争とは、家が焼け、人が死ぬことではなかった。
それは自分の家が焼け、自分の妻や子が死ぬことであった。
 (母子鎮魂より)

この本を開くまで、まるで知らなかった作家でした。


関連記事 in my blog: 月下美人,  画家の詩、詩人の絵 2 明るい午前の自然が, 
聞かせてよ、愛の言葉を


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