空飛ぶ色いろnatsuno07

ようこそ! 
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2017.02.27  なじかは知らねど、読みたい本  



(冬の坂道、これは1ヵ月以上前なので、光はもっと春めいてきました)

以前は、アマゾンのウィジェットを利用して
読みたい本を表示していたのですが、
上手く表示されなかったり、固まったり、追加が面倒だったり。
なので、「読みたい本」として書くことにしました。

先週は、村上春樹の「騎士団長殺し」が出版されました。
本を読める時間というのがほぼ電車の中なので、
単行本は重い・・待つのだ、じっと待つのだ
文庫本になるその日まで、と読みたい新刊が出るたびに思います。
でも、ものすごい話題になっていたし、
どれくらい山と積まれているのかだけでも見たいような
しかし町の本屋さんには予約分しかこないという噂も。
よし、逗子の駅前の本屋さんにあったら
帰りの横須賀線で読めるし、買ってもいいかな
などいろいろ思いつめていたというのに、
逗子についたら、なんと本屋さんそのものが閉店になっていました。
本屋さん閉店ショックにはずいぶん免疫ついたつもりでしたが、
やっぱりがっくりです。

とはいえ、自分も新刊本を買うときは財布の紐が固く
古書の時のほうが、今逃したらもう二度と手に入らないかも
という思いで大胆不敵だったりします。
古書といえば、同じく先週出た「ビブリア古書堂の事件手帖」
こちらは文庫本なので、即買いたい気持ち。
ところが7巻でシリーズ完結だそうで
読んだら、終わりや~という衝撃のため、まだ買っていません。
又吉直樹の新作も読んでみたいです。

ほかにはまだちびちび読んでいる「漱石の思い出」
Kindleでこれまたちびちび読んでいる「吾輩は猫である」
これは、最後に猫が死ぬそうなので、そこまで読まずに
ぎりぎりまででやめようと思っています。
それから古書で買った如月小春の戯曲集2冊。

関連記事 in my blog: 夏目漱石の妻

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2017.02.26  だれが、ヘドウィックを 


nogamo1.jpg
(岩波文庫 原 千代海訳)

イプセンの「野鴨」は、
「ロミオとジュリエット」の変奏曲という説も・・
というので二つの戯曲を読み比べてみました。

パリスとの結婚を嫌がるジュリエットを
もう自分の子ではない、とののしるキャピレットと、
自分の子供でないかもしれないと知ったとたんに
ヘドウィックを追い払うヤルマールは
器が小さいという意味では似ているかもしれません。
でも、それだけで変奏曲というほどのものなのか
いまひとつわからないのでした。
そもそもヘドウィックの死がとても不可解です。

彼女の出生の疑惑を暴き立てることで、
真の幸福が生まれるはずと思ったグレーゲルスでしたが、
実際は、それを知ったヤルマールが
やけくそになっただけでした。
それでグレーゲルスは、ヘドウィックに
「大事にしている野鴨を殺すことで
父親ヤルマールの愛情を取り戻すことができるかもしれない」
とけしかけるのです。
これも意味がわからないけれど、キリスト教的な
自己犠牲という考えなのかもしれません。
ここは、いっそファンタジーで、
ヘドウィックは野鴨の生まれ変わりでした・・
とでも言ってくれるほうがまだわかるという。

「だれがヘドウィックをころしたの?」
「それはわたし、と野鴨が言った」
「かわいそうなヘドウィックのため
なりわたるかねをきいたとき
みずどりたちは いちわのこらず
ためいきをついて すすりないた」

マザーグースの歌など思い出しながら、
結城座の「野鴨中毒」は確かに「野鴨」の変奏曲だったけれど、
変奏曲のほうがずっといいなと思うのでした。

関連記事 in my blog: 野鴨中毒,  それはわたし、とスズメは云った

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2017.02.25  シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を読む 


romio.jpg
(新潮文庫・中野好夫訳)

もともと「野鴨」はシェイクスピアの
「ロミオとジュリエット」の変奏曲だという説もある

昨年観た「野鴨中毒」のパンフレットに書いてあるのを読んで
妻の不貞を疑う「オセロ」ならわかるけれど、
どうしてだろうとずっと気になっていました。

「ロミオとジュリエット」には二人の窮地を救うために
ある秘薬をくれるロレンスという僧が出てきます。
一旦仮死状態になるけれど、時間がたつと蘇るという薬。

この世に生きとし生けるもの、それはいかに有害なものであっても
なんらか特別の効験をこの世に与えないものはない
と同時に逆に、いかに益あるものとても、一度正しい用法を誤らんか
その本来の性に反して、思わぬ濫用の害をなさぬとも限らぬ
用法のその当をえざれば、徳そのものが悪となり
活用次第では、悪も時に立派に役に立つ。


庭で薬草を摘みながらの独白です。
観察ノートをつけているような、淡々とした感じですが
最後のことばはなかなかに怖いことばだと思います。

若い二人を助けることは、
いがみ合うキャピレットとモンターギュの関係を
改善するきっかけになるかもしれないと
僧ロレンスはその薬を使いました。
でも、二人を救うことはできませんでした。
薬を使わずに、二人を守ることもできたかもしれないのに。

戦争は医学や科学を発展させるということですが、
命を守りたい、平和を守りたい
そういうキモチもまた科学を発展させてきました。
でも、結果は意図や理想と必ずしも一致していないようです。

シェイクスピアが同じ年に書いたという
「真夏の夜の夢」は妖精の媚薬が騒動を起こす話です。
その明るく、ほがらかな結末の対極に
ロミオとジュリエットの横死の結末がありました。

関連記事 in my blog: 野鴨中毒, 早春の「夏の夜の夢」,
雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた

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2017.02.23  お勢登場 


osei.jpg

三軒茶屋のシアタートラムで「お勢登場」を観ました。
「お勢登場」「二銭銅貨」「D坂の殺人事件」
「押し絵と旅する男」などなど江戸川乱歩のはなしを
交錯させながら進んでいくお芝居です。

笑ってしまう場面もたくさんあったというのに、
やっぱり乱歩は怖かった。
「ながもち」に夫を閉じ込めたり、
自ら「のぞきからくり」の中に入り込んだり
閉所恐怖症なので、とりわけそういうのが怖かったです。
その怖さをひきずっているので、「一人二役」というお話も
仮面がとれなくなった人のような、不気味さ。
それをまた、引き出しが出たりはいったりするような
隙間から中を覗くような、
そんな舞台装置で見せてくれるのでした。

なんでも作者によるとお勢という「完全犯罪」の女は、
明智小五郎のライバルだったそうです。
お勢はさまざまな話に
怪人二十面相さながら、姿を替え、声を替え
現われては消えていく。
お勢だけではなくて、ほかの登場人物も
あるときは被害者、あるときは加害者として
回転でもしているようにくるくると姿を変えます。
たとえば、川口覚演じる松村は、
探偵とも作者ともいえるような雰囲気をたたえていましたが、
最後にはお勢の完全犯罪の片棒を
意図せず手伝うはめになってしまう男に姿を変えてしまいました。
お勢を演じているのは黒木華、そして
片桐はいりは、ある時は夢遊病者、ある時は刑事
またある時は・・。

黒木華と片桐はいりの澄んだ声が魅力的でした。
さまざまな抑揚をつけて
水の入ったガラスに光が反射するような感じ。
ああ私の探偵は玻璃の衣裳をきて
こひびとの窓からしのびこむ

てな感じで、
萩原朔太郎の詩、「殺人事件」さながらでした。


関連記事 in my blog: 「乱歩・白日夢」, ぼくらは少年探偵団, 富士ファミリー

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2017.02.19  力いっぱいきりぎりす 



力いっぱいきりぎりす  
(岩崎書店 2009/12/10)
村上康司 編 nakaban 絵

昨年の3月には、西荻のURESICAで
『nakaban 個展「dessin」』を見ました。
先日の「ことばの生まれる風景」の画家のデッサン展です。
そのときに、「力いっぱい きりぎりす」という本を買いました。
虫、魚、鳥、動物が詠まれた俳句に
簡単な説明と絵がついている子供向けの絵本です。

連続したストーリがあるわけではないのですが、
14の句の絵のどこかに必ず帽子があるので、
こどもは、その帽子をさがしながら
先に進んでいくのかなと思います。
句の意味はわからなくても、絵の印象はこころに残り、
大人になって、ふとその句を探してみたくなるかもしれません。
そして帽子を追っかけてきた子供は、
ラストの3句で、列車に乗ります。
「露地裏を夜汽車と思う金魚かな」
露地裏から走り出した夜汽車が
見上げるように高い鉄道橋を渡り、
「なかよしの未知なる獏や朧の夜」
ついには天の川を走って行きます。
「長生きの象を洗ひぬ天の川」
そして夜汽車の窓から
さようならというように差し出された帽子
それが最後の絵です。

もし、銀河鉄道の夜を読んだことがあるなら
「イギリス海岸」を歩く宮澤賢治の写真を見たことがあるなら
あの帽子どこかで見たような・・と思うかもしれません。
ジョバンニが死んだ友だちと一緒に乗った銀河鉄道に
とても良く似ています。
それぞれの句の中にある一瞬一瞬の連続が
大きな宇宙へと広がっていくようです。

涼風に力いっぱいきりぎりす(一茶)
やがて死ぬ景色は見えず蝉の声(芭蕉)
この二つの句が並んでいるのも面白いと思いました。
ぎりぎりすの方は、
画面いっぱい怖いくらい巨大に存在しています。
いっぽう蝉の方は、あわい緑の空間に小さく飛んでいるシルエットが
儚く見えるのみです。
それぞれの俳人の死生観というものが、
絵の視点の違いで際立ちます。
生きて、死ぬということの意味。
子供がそういうことを考えるのはもっとずっと先のことでしょうが、
幼いときにこの本に出会ったら、
何を考えていただろう、と思うのでした。

関連記事 in my blog: SL銀河に乗ってきた

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2017.02.15  ことばの生まれる景色  


ozaki.jpg
尾崎放哉全句集 (ちくま文庫)
(2008/2/10)

先日荻窪の本屋さんTitleで、
「ことばの生まれる景色」を見ました。
「本屋 はじめました」の著者である店主さんが選んだ20点近い本と
nakabanの油絵のコラボレーション。
どれもほぼ同じサイズの絵で、
部屋の壁に小窓がたくさん並んでいるようでした。

丸々としたおにぎりと魚の絵は石牟礼 道子の『苦海浄土』、
まるいアジサイのように見える花の絵は、メイ・サートンの『独り居の日記』
一瞬とても似て見える二つの絵に挟まれた
夜の海の絵は『尾崎放哉全句』
絵の中にはないけれど、
「こんなよい月を一人で見て寝る」
句のなかにまるまるとした月が見えます。

どの本も面白そうですが、
ちょっと手に取って、ぺらぺらしたら、すっかり惹かれてしまって
『尾崎放哉全句』を買いました。
「寝そべって書いている手紙を鶏にのぞかれる」
「ここから浪音きこえぬほどの海の青さの」

などなど。

この人のことを書いた、
吉屋信子の「底の抜けた柄杓」や
吉村昭の「海も暮れきる」も読んでみたくなります。
「言葉の生まれる風景」はまた秋に予定されているそうなので、とても楽しみです。

関連記事 in my blog: ぎん色いろ色 一羽きて

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2017.02.13  妖怪かるたと猫かるた 石黒亜矢子作品集 


ishiguro0.jpg

石黒亜矢子作品集
(玄光社 2016/12/5)

2月にもなって、季節はずれですが、
もひとつ、かるたの話です。
バレンタインじゃなくても、チョコは美味しいのと同じで、
お正月じゃなくても、かるたは、面白い・・。

やはりお正月のこと、西荻窪のウレシカで、
石黒亜矢子作品集出版記念展がありました。
女王蜂の絵がものすごく印象的で、
作品集の中にもこういう虫な絵がたくさんあります。
どれだけでも眺めていられる本ですが、
その中でも特に好きなのは「猫のかるた絵」35枚。
円形脱毛症にかかっていたり、スカートがはけなくなっていたり
そんな、猫じゃ、猫じゃ、のみなさん。
その個性の豊かなこと
CATSのエリオット先生もびっくりです。

お店のレジで
石黒亜矢子の「妖怪かるた」の中の絵札一枚と、
イラスト入りおみくじをくれました。
妖怪かるたは「む」で、お風呂から湯気が出ています。
なんだろうと裏を返すと
妖怪は雪女の仲間の「つらら女房」。
「む」で始まる読み札はどんななのか?
それにしても冷えに冷えている昨今、
お風呂に入りたくなっちゃった
「つらら女房」の気持ちがよくわかります。

夏目漱石と奥さんはお見合いのあと
かるた遊びで再会したのだとか。
無邪気に楽しんでいる奥さんに漱石は好感を抱いたとか。
かるた・・いいなぁ。
あったまるなぁ、
お湯につかっている
「つらら女房」は思っているのだろうか・・。


関連記事 in my blog: 疾走する猫,  マアおばさんはネコが好き


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2017.02.11  ABCかるた ちいさいおじいさんのくらし 



ABCかるた ちいさいおじいさんのくらし
(えほんやるすばんばんするかいしゃ 2016/12/17)
出口 かずみ 文 絵

先月のことです。お正月気分もまだ残る頃、
高円寺のえほんやるすばんばんするかいしゃで、「かるた」を買いました。
「ABCだからすぐ終わりますけど、実際やるとすごく笑いますよ。」
とお店の人の言うとおり、笑いました。
札のサイズは名刺くらい。
読み札は小さくカタカナがついているもののローマ字表記。
中に入っている「遊び方」には、
「読み手はカタコトでたどたどしく読むのがコツ」とのこと。
ほんと「お名刺いただいている」礼儀正しい外人さん気分です。

そこをさらにがんばって、ほんとに英語っぽく読みはじめたら、
もっと可笑しくなってきました。
たとえば英会話教室で外人の先生が出席を取る時
「サネー?」 とか「シニチ?」とか言います。
呼ばれた「さなえ」さんや、「しんいち」さんは
ちゃんと返事をしています。
さらには空港で係員が「クァデァー」とどこの国の人だろう
と思うような名前を呼んでいるのに
「かわだ」さんはちゃんと反応してカウンターへかけていきます。
といったように、そのわけのわからない英語っぽい日本語でいかに
自分の札をものにできるか・・・という。

ひっかけ問題みたいなのもありました。
「ROJIN DEHA NAKU OJIISAN」
老人ではなく・・といわれれば当然「おじさん」なんだろうという早合点はダメ。
「おじいさん」が正解。
そもそもIIが続く英語のスペルが思いつけません。
英語読みしようとすると二つ目のIはサイレントにしてしまいがち。
さらに絵札の方では、小人のおじいさんが、
「おれは若い」と言わんばかりにピカピカしてます。
OH!
ここは子供の気持ちでたどたどしく文字をたどることが大切。

小鳥と暮らしている小人のおじいさんが主人公のこのカルタは
出口はるみ、作、絵。
かるたには、必ず自分の好きな札ができるものですが、
わたしはなんといっても、「MOGURATO TAMANI MEGA AU」です。
おじいさんのくらしは、ほのぼのしていて羨ましいです。

関連記事in my blog: アサノドウブツエン


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2017.02.09  ダーシェンカのいる風景 


平和広場
(プラハにあるチャペック兄弟の碑、JOSEFは兄の方で画家です。彼は収容所で命を落としました。
反対側にKAREL。オンマウスで、ズームアウトします。)

わたしは、カレル・チャペックの童話しか読んだことがありませんが、
彼はジャーナリスト、あるいは劇作家として、ナチズムに抵抗し、
ゲシュタポに捕まる直前に亡くなったそうです。
伴田良輔訳「ダーシェンカー愛蔵版」のあとがきには
以下のような文章があります。

互いの生活のささやかなディテールを知り、
同じ人間として普通の生活をしていることに想像力を働かせてみれば
戦争などはじめられるはずがない


『ダーシェンカ』は、動物たちとともにある普通の生活、
あたりまえの日常がどれほど大事でいとしいものかを伝えてくれます。
・・・大きな得体の知れない暴力によってそうしたものが消えてしまわないことを
チャペックは願っていました。


果たして「大きな得体の知れない暴力」は
お互いの日常を理解しあうことで防げるかどうかはわかりません。
他者の窮状を知れば知るほど、
差別や警戒心や蔑みが増すということもあるだろうし、
他者の幸福を知れば知るほど
妬み、憎しみを増すということもあるでしょう。
ダーシェンカの駆け回る庭、
そんな平和な風景こそ、稀有なのだと思えたりします。

判田訳では、ダーシェンカの成長を促す声が
「自然の声」とされていましたが、
栗栖訳では「どこからともなく聞こえる声」と訳されていました。
どちらであっても
ダーシェンカが強く幸せに生きる方向に導いてくれる声に
平和への道を尋ねたいような気がします。

プラハに行ったとき、チャペックの碑を見に行きました。
ナームニスティー・ミールという地下鉄駅から
上にあがってくると
木々の緑が美しく、子供たちが楽しそうに遊んでいました。
木の幹につかまって、かくれんぼをしている子もいました。
ダーシェンカがそうであったように、
どこの国でもかわらない
無邪気でうるさくて、元気な子供たち。
その地下鉄駅はチェコ語で、「平和広場」を意味するのだそうです。

chapeck0.jpg


関連記事 in my blog: 園芸家12ヶ月


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2017.02.07  ダーシェンカ 愛しい子犬の本 


Dasenka00.jpg
(白っぽい表紙は判田良輔訳、青土社 2015 ダーシェンカ 愛蔵版)

漱石は大変な動物好きだったそうです。
「漱石の思ひ出」に、夏目家が熊本にいた頃飼っていた犬の話があります。
人に噛みつき、警察にしょっぴかれてしまった犬を、
漱石はものすごい理屈を並べ立てて、奪還します。
ところがこのワンコ、今度は夜更けに帰ってきた漱石を
飼い主と理解せず噛みつくのです。
奥さんは大笑い。

犬の話、といえばカレル・チャペックの「ダーシェンカ」。
チャペックの少し憂いのあるユーモアは
どこか夏目漱石と似ているものがあるように感じられます。
チャペック自ら描いた犬の絵がまた可愛い。
ありとあらゆるものを噛み噛みし、壊し倒し引っ張り
まったくじっとしていない子犬のダーシェンカ。
いろんな意味で溜息が出てしまうような日々が過ぎ、
やがて別れの日がきます。
ダーシェンカは新しい家族にもらわれていくのです。
チャペックが撮った写真もたくさん載っていて、
「小犬の写真を撮影するには」という、これまた愛しいお話もあります。

今手もとには3冊の本があります。
いちばん最初に読んだ本は、図書館で借りた
伴田良輔訳の「小犬の生活ーダーシェンカ」(新潮社)でした。
当時その本は絶版。
残念に思っていたら、本屋さんで
海山社から出ている栗栖茜訳「いたずら子犬ダーシェンカ」をみつけました。
その後、読めもしないが、どうしても欲しくてプラハで買ったチェコ語の本が2冊目。
そして同じ2015年の暮れに、青土社から
伴田良輔訳で出版されている「ダーシェンカー愛蔵版」を見つけ
3冊目を大喜びで買ったのでした。

3冊とも挿絵のレイアウトが違っていて、
それぞれに雰囲気があります。
チェコ語がわからないので、
栗栖訳、伴田訳のどちらが原文に近いのかわかりませんが、
伴田訳のほうがお父さんぽいです。
栗栖訳は子犬のじっとしていない感じが
ものすごく伝わるレイアウトになっています。
「です、ます調」なので、より子供向けな印象です。

内容は全然難しくないし、絵も楽しいし、写真まである
ただあるんじゃなくて文も絵も写真もそれぞれに
とてもいいんです。
こんなに素敵な本ですが、日本では
さほど有名な児童書ではないような気がします。
むしろ大人に熱烈に愛され、絶版させない努力ゆえに
残っている本なのかなと。

関連記事 in my blog: 夏目漱石の妻 カッパ会議 

Dasenka01.jpg
(青い表紙は栗栖茜訳、海山社 2008 いたずら子犬ダーシェンカ、一番左はチェコ語の本。)


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2017.02.03  夏目漱石の「こころ」を読む 


moritokaigan4.jpg
(旺文社文庫の表紙絵はこんな感じ。)

夏目漱石の奥さんの語る「漱石の思ひ出」は
あまりに面白くて、読み終えてしまうのが惜しく
残りちょっとのところで中断しています。
それで、合間にひとつぐらい、夏目漱石の小説を読もうかなと
「こころ」をKindleにダウンロードして
会社の行きかえりにスマホで読みました。
これを明治の文豪、漱石が見たらどんな顔をするのか。
こんな感じに時代が進んでくると、
夏休みのたびに、学生向け名作にラインナップされていた
夏目漱石の「こころ」なんていうのも古い話です。

古いわたしは中学生の時、受験用参考書の旺文社が出している
旺文社文庫で読みました。
いろいろ解説や注釈がくわしい文庫だったと思います。
内容はすっかり忘れていましたが、
カバーの絵が浜に打ち上げられたヒトデの絵だったことは覚えていました。
今はもう旺文社文庫そのものがない・・・。

さて小説は、鎌倉の海岸で見かけた「先生」を
「わたし」が好奇心にかられて追いかけていくところからはじまります。
巧みな文章で夏の美しい海岸風景が目に浮かぶようです。
中学生の時は何にも思わずに読んでいましたが、
「ベニスに死す」の逆パターンみたい。
しばらくするとこんなやりとりがあります。

「恋に上る楷段なんです。異性と抱き合う順序として、
まず同性の私の所へ動いて来たのです」
「私には二つのものが全く性質を異にしているように思われます」
「いや同じです。・・・」


危篤の父を看取ることもせず、
「先生」の安否を確かめに東京へ向かってしまう・・
そういう衝動的な行いは、
「わたし」が「先生」に恋をしていたことの現れであるように
感じられました。
そして後半に連綿と続く遺書を読んでいると、
自殺したKと「先生」のこころにも、お譲さんへの恋とは違う、
「恋」があったのでは・・と思うのでした。
「男同士」とか「男女」いうことはあまり重要なことではなくて
「恋というものは残酷でエゴイスティックだ」ということが、
自殺現場のリアルな描写に感じられます。

そこに「漱石の思ひ出」の本を重ねると、
それじゃあ、あまりにさびしすぎる「こころ」が
少しぬくもりを帯びるような気持ちになるのでした。

moritokaigan2.jpg
(鎌倉ではないけれど、湘南の海。遠くに江の島、もっと遠くに富士がぼんやり見えます)


関連記事 in my blog: 夏目漱石の妻

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2017.02.01  ポーの一族 Flower 3月号 


poenoichizoku201703.jpg

昨年5月、久しぶりに読んだ「ポーの一族」の新作は、
前にも書きましたが役者が変わった気がするし、
もっと言えば演出が変わったくらいの違いがありました。
たとえば、イギリスに逃げてきた
ユダヤ人の少女がシューベルトの「春の夢」を
久しぶりに使うドイツ語で歌い出す場面などは
昔だったらもっとダイナミックなコマ割りと
繊細な背景で盛り上げていたように思うのです。
でも、「脚本」はやっぱりあの萩尾望都に違いない。

いまだ違和感は消えませんが、
同族(バンバネラ)ファルカの登場など、
話がぐっと面白くなってきました。
「自分に用があるときは鴉に言ってくれ」
と言っていたファルカのコトバを思い出して、
エドガーはたわむれに空を飛ぶ鴉に叫びます。
「ファルカ 来てくれ」。
そこにちょうどやってきた少女ブランカが
「誰か呼んでいた?」と聞くと
「思い出を呼んでみてた・・」とエドガーは答えます。
気障なセリフだ。でもかっこいいんだな。

エドガー・ポーツネルは、詩人ポーから来ている名前。
失われた少女Lenoreと、Never Moreという名の鴉が出てくる
ポーの「大鴉」という詩がオーバラップしていくんでしょうか。
そもそもエドガーとアランは
失われた少女メリーベールの記憶を共有する間柄。
何百年という歳月に、一人の少女の面影に重なる
たくさんの少女たちが現れては消えていきました。

ユダヤ人の少女ブランカはどうなるのか?
そして現れたファルカは、迫力のオネェ
かつカラス天狗のようで、得体が知れません。
敵なのか、味方なのか。

関連記事 in my blog: 春の夢 ポーの一族

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