空飛ぶ色いろnatsuno07

ようこそ! 
本に関すること、日々のこと、いろいろです。
ゆっくり遊んで行ってください。
文中敬称略とさせていただきます。
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author: natsuno07 ♀
絵を見ることが好き。 読書が好き。文鳥が好き。
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2016.11.29  金田一温泉 ユタと不思議な仲間たちの舞台 


金田一温泉
(ホテル金田一の大浴場の窓から見える緑、オンマウスで
馬淵川、この川がすぐ近くに流れています)

八戸から、いわて銀河鉄道に乗って、金田一温泉駅で降りると、
そこが、「ユタと不思議な仲間たち」の舞台となった町です。
八戸は、三浦哲郎の母方の家があったところで、
二戸のこの温泉町は父方の家があったところだそうです。
お話に出てくる銀林荘のモデルとなった緑風荘ではなく
駅に近い金田一ホテルに泊まりました。
ネムの花がいっぱい咲いていました。

昭和な感じの宿で、温泉も気持ちよかったです。
二階から入って、湯船のある一階に階段で降りていくと、
大きな窓の向こうに緑が見えて、
まるで、井の頭公園の熱帯鳥温室みたい。(今はない)
宿から駅の方へ戻って、それから馬淵川を渡り
なだらかな坂を上っていくと、三浦哲郎ゆかりの家がある高台に出ます。

金田一温泉
(看板に鴉がとまっていました。ダンジャ坂をのぼっていくと
三浦哲郎の父方の屋敷跡があります。オンマウスで、小学校跡地のモンゼ。)

途中にユタが通った分教場はこんな場所だったのだろうかという
廃校になった小学校がありました。
ところどころに、座敷わらしたちの看板があって、
見上げると外灯にも座敷わらしの絵が描かれています。
お話の中では、なんといっても
座敷わらしたちが梅雨明けに川で洗濯をする場面が好きでしたので、
ここかぁ、この川か・・と眺めてきました。
「まぶち」ではなくて、「まべち」と読むのだそうです。
この川は八戸まで流れていきます。
少しぼんやりしたお天気の日だったので、
またもっと「夏休み」という感じの頃に来てみたいと思うのでした。

金田一温泉
(今は使われていない小学校の校舎。オンマウスでズーム)

関連記事 in my blog: 熱帯鳥温室, ユタと不思議な仲間たち


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2016.11.28  蕪島でウミネコとお近づきになる 


蕪島
(オンマウスで、滑空していきます。)

この写真、ズームしたわけじゃなく、つい目と鼻の先で
こんな感じに飛び立つウミネコを見られるのが八戸の蕪島なのです。
海風に煽られて、ウミネコは、おっ、ちょっ、なんだ?
みたいな感じにしばらくふらつくのですが、やがてすっと
風に乗ったなと思うと、すいっと滑空していきます。
その姿のカッコイイことといったらありません。

ウミネコの繁殖地として天然記念物に指定されていて、
シーズンには3万羽が飛来するのだとか。
そこまでの数がいるようには見えませんでしたが、
訪れたのは、7月でしたので、
巣立ちヒナたちがいました。親鳥に甘えています。
人を怖がらないので、自分もウミネコになったようなキモチ。
島から一歩も離れたくないのでした。

独特に澄んだ鳴き声が折り重なるように聞こえてきます。
それがWishbone AshのRock'n Roll Widowで
ツインリードギターが掛け合いになるところそのもの。
(音楽って知らない曲名言われても、なんのこっちゃかと思いますが
知っている方はあれです。)
なんかもうここはイギリスなのか、ドーバー海峡なのか
とハードロックにキモチが盛り上がるのでした。
花吹雪とか、雪とかもそうですが、宙を乱舞するものを見ると
独特高揚感がある気がします。

八戸線の鮫駅から徒歩10分くらい。
蕪島神社は昨年の秋に火災にあって今はありません。
でも、かわいいウミネコのお守りは売っていたので、
お土産に買ってきました。

蕪島
(オンマウスで、お守りが見えます。)

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2016.11.27  八戸の三浦哲郎文学碑 


文学碑
(オンマウスで、プレートが見えます)

八戸市の中心街に「さくら野」というデパートがあります。
ここが以前、三浦哲郎の実家の呉服屋があった場所だそうです。
「おりえんたる・ぱらだいす」ゆかりの地というプレートが壁にありました。
このプレートを見るまでは、
そういう小説があったと知りませんでしたが、
敗戦後進駐軍の社交場として使われていたそうです。

文学碑
(オンマウスで、ズームします。)

壮絶な家族史を描いた「白夜を旅する人々」にも、
この地は出てきます。
子供の頃大好きだった「ユタとふしぎな仲間たち」は
ユーモラスな座敷わらしたちが登場しましたが、
「白夜を旅する人々」の中では、遠野物語に出てくる座敷わらしのように
いなくなると家が衰退するという比喩として語られます。
津軽海峡で投身自殺を図る長女が家を出た日の姿が
まるで座敷わらしのようだったと書かれてありました。
先日、観たお芝居の「遠野物語」の中でも
そんな若い女の姿の座敷わらしが出てきました。

この通りに、三浦哲郎の文学碑がありました。
時は流れて、小説の中に風景は跡形もないに違いありません。
少し行ったところに、古くて由緒ありそうな神社があって、
ここらは昔とあまり変わっていないのだろうかと
思いながら、歩いてきました。
八戸では朝市に出かけてしまったので、あまり中心街を
ゆっくり歩く時間がありませんでしたが、
こんど「おりえんたる・ぱらだいす」を読んでみたいなと
思ったのでした。

byakuya2.jpg
(装丁は司修です。)

関連記事 in my blog: ユタと不思議な仲間たちの表紙, 遠野物語 奇ツ怪 其ノ三

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2016.11.26  仏ヶ浦 飢餓海峡の舞台 


仏ヶ浦
(巨大な鷲がとまっているように見える岩。
オンマウスで、ムーミン一家のような岩が見えます。)

なぜか11月に初雪が降った上に積もった東京。
そんな寒い今日この頃ですが、夏休みの思い出、
青森旅行の話をちょこちょこ書きたいと思います。
青森に行こうと思いたったのは、
新潮少年文庫の作家、水上勉と三浦哲郎の作品の風景を
実際に見てみたいと思ったからでした。

水上勉は「蛙よ木からおりてこい」でも取り上げていたように
飢えるということ、喰うということを
たびたび小説の中で表現しています。
「飢餓海峡」は終戦直後の混乱した時代に
強盗殺人を起こした男が、仲間を殺し
生き延び、成功者となるも、
のちに自分の過去を知っている女を口封じに殺すという話です。
その男、犬飼多吉(のち垂見京一郎)が最初の殺人を
犯して、逃げるのが津軽海峡の仏ヶ浦です。

冬は海が荒れるので観光船も出ないという
そんな難所、どんなところなのか??
と長い間思っていました。
その日はちょっと雨が降ったりやんだりで
おどろおどろしいことになるのか・・と思っていたら、
「極楽」という言葉がぴったりする綺麗な風景。
鷲がとまっているように見える岩など、
異国にいるような、ファンタジックな感じでもあります。
しかも海の色もとてもきれいです。
天気がいい日の夕方は、白い岩肌に夕陽が映えてさらに綺麗だそうです。

hotogegaura1.jpg
(海の水がエメラルドグリーン)

やっぱり見てみないとわからないものだなぁと思うのでした。
この飢餓海峡が新聞小説として日々新聞に載ったのが昭和37年。
今年と同じく11月に東京に雪が降った年でした。
そして小説の中で、第二の殺人が起きるのは、舞鶴。
香月泰男もシベリアシリーズの中で「海峡」の絵を
描いていますが、引き揚げ船が多く戻ってきた港でした。
大人たちは、その苦しかった記憶を
次の世代に語り伝えようとしていたのでした。
でも、風景はただただ無心できれい。

Kigakaiyo0.jpg
(古い文庫の表紙は、篠田桃紅でした)

関連記事 in my blog: 蛙よ、木からおりてこい

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2016.11.25  ココロのオアシス 本屋さん 




ドラマの「重版出来」でも、そんな話がありましたが、
西荻窪の本屋さんが今年の1月に1店、
4月に1店、店じまいしてしまいました。
そして、新宿サザンテラスの紀伊國屋さんもなくなりました。
ここの児童書売り場が好きだったのに、去年の秋頃
あまりに売り場が変わって愕然としていたら、
もうそのころから、閉店体制に入っていたのですね。
ああ、わたしの心のオアシスが・・
西荻の本屋さんは閉店の翌日、
悲しみのあまり店の前を通ったときデジカメしましたが、
帰ってきたときには本が運び出されてしまってました。
ここは、本の品揃えがほんとうに丁寧で、
昔ながらの本屋さんとして尊敬していたのでした。

あまりに町の本屋さんが消えるので、
なるべく地元の本屋さんで買おうね
という話を友としたことがあるのですが、
よくよく考えてみると、ここ最近わたしは文庫本以外
ほとんど新刊を買っていませんでした。
なんてこったい。
というのも、本も結構高いし、
本を読める時間というのが
行きかえりの電車の中がほとんどなので、
やっぱり軽い本がいいのです。
そして、文庫もたとえば夏目漱石のように電子ブックが
無料で読めるような場合は、スマホで読んでしまっています。
そして絶版になった本を古本屋さんで見つけたときや、
好きな画家の絵本を見つけた時の方が
財布の紐は緩いのです。

そのうち、かって町によくあった本屋さんは消えてしまうかもしれません。
それでも、
そこに流れていたなんともいえない日常的な空気
シーズンだとか、流行だとか 心配事だとか、疑問だとか
そういうことを
ずっと覚えておきたいなと思うのです。

honyasan0.jpg
(あなたも心のオアシスです。長生きしてね。)

関連記事 in my blog: ディルフィーヌ

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2016.11.22  ポンピドゥー・センター傑作展 


ポンピドー
(オンマウスで、ズームします。)

7月の終わり頃に都美術館で
ポンピドゥー・センター傑作展を見ました。
マティスの「大きな赤い室内」という絵が見たかったのです。
その絵が優等生風に見えるほど、
これはいったい??と頭の中で「?」でいっぱいになるような作品が
沢山ありました。

1906年から1977年まで、
その年に作成された1作品が展示されています。
最後の1977年はポンピドゥーセンターが開館された年です。
パリの古い石造りの建物が取り壊され
奇抜なデザインのポンピドゥー・センターが仕上がる1977年までの
年表の中を進んでいくような面白い展覧会でした。
終戦の1945年のコーナーには作品はなく、
ただエディット・ピアフの「ばら色の人生」が聞こえていました。
年表仕立てになっていたゆえに1977年に至るまでの
長い戦争の時代というものを重く感じました。

図録は、その作品と作者のポートレートと
作者自身のことばが引用されています
そのポートレート一つ一つがとても好きです。
その人には名前があって
その人の作品がある、その人のことばがある、
その人がそこにいた瞬間が切り取られている。
先日見てきた香月泰男のいうように
「個人」というものを無視する戦争の
対極にある「表現」というもの。
その連綿と続く流れがすごいなと思うのでした。


{図録の表紙)

関連記事in my blog: 平塚美術館、香月泰男シベリア・シリーズ

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2016.11.20  おむかえワニさん 


odekakewani.jpg
おむかえワニさん
(文溪堂 2013/10/21)
陣崎 草子

西荻のウレシカで、陣崎草子の「おむかえワニさん」の原画を見ました。

ちよちゃんがおばあさんのうちに遊びにいったら
駅に迎えに来ていたのは、わに。
無口で強面なんですが、
小鳥の絵がついた赤い水筒を持ってます。
ちよちゃんの水筒を代わりに持ってくれているのか
いやワニさんのものか、なんて思いながら
そういう細かいところを
いつまでもじっくり見てしまう絵本です。
最後にちよちゃんが大事に抱えてましたから
やっぱりちよちゃんのものでした。
おばあちゃんの着ている着物や、
おばあちゃんの部屋の中も素敵。

個展には「108歳まで生きるつもりの人の展覧会」
という素敵なタイトルがついていました。
まったくわたしも同じつもりだったけど、
この頃、先は短いような気がしております。
でも、おばあちゃんになる以上は、このおばあちゃんみたいに、
ワニを使いに出せるくらいの
おばあちゃんになりたいものだと思うのでした。
アロエ育てようかな。

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2016.11.18  遠野物語・奇ツ怪其之三 




ここのところ観たいなと思ったお芝居が続いて、
先日は三軒茶屋のパブリックシアターで、
「遠野物語 奇ツ怪 其ノ三」を観ました。
今年の6月には遠野にも行ったし、
あの「雁助さん」役の山内圭哉が出演するというので
楽しみにしていました。

「標準化政策」により、逸脱するものを違法とする
そんな、ある時、あるところに
怪奇現象を文章にした嫌疑で捕まったヤナギダ(仲村トオル)と
警察から委託されて検閲するイノウエ(山内圭哉)がいました。

といわれても、アリスの穴に落ちたみたいで
なんのこっちゃですが、次第に
「ヤナギダ」と「イノウエ」のつかさどる
「言い伝え」と「事実」との境界はあいまいになり
夕暮れと明け方をたそがれ、かわたれというように、
どちらかわからないし、いつなのかもわからない
不思議な感覚に襲われてきます。
二人の間を物語は、
「あや取り」みたいに、ほどけて一本の輪になったかと思うと
複雑に絡み合って橋になったり、川になったりします。
その入れかわりがあまりに自然で
夢の中にいるような感じでもありました。

ニュースは忘れられてしまう、だから物語にして
伝えていかなければならないのだ、とヤナギダは言います。
一方イノウエは、娘の失踪を「神隠し」と言われても
決して認めることはできないのだと言います。
わたしは、どちらかというとイノウエに共感しました。
このイノウエ、最初はコテコテの関西弁で登場したのに
物語に巻き込まれていくうちに、思いっきり遠野弁になってました。
流されるタイプだからこそ流されたくないのか。
遠野弁といえば、「朝が来た」では成澤泉役だった瀬戸康史が
九州男児らしいのに遠野出身の人としか思えないのでした。
そして、舞台で見るのは初めてでしたが、銀文蝶がすてきでした。
彼女の声は、舞台で聞いてこそなのかなと。

関連記事 in my blog: 雁助さん, わくらば

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2016.11.17  平塚美術館、香月泰男のシベリアシリーズ 


hiratsukagetsu0.jpg

新潮少年文庫を再読してから
じわじわ気になっていた香月泰男の絵が見られるというので
平塚美術館へ行ってきました。
去年、「画家の詩、詩人の絵」をやっていた美術館です。
とても遠い気がしていましたが、東海道線で品川から45分。
そんなにめちゃくちゃ遠いわけじゃないのでした。
シベリア抑留時代の記憶を描いた絵が57点あるうち、34点。
前に、「いわさきちひろ美術館」で数点見たことがありましたが、
個別に数点見るよりも、一連の作品として見るほうが
より、心に迫るものがありました。
絵の横に、香月泰男による説明のプレートがあり、
その言葉にも、はっとさせられるものがありました。

黒い画面に、青が印象的な「雲」は防毒マスクの目の部分に
空が映っています。
また、似た感じの「青の太陽」は、
蟻が巣から青空を見上げた絵だそうです。
召集され匍匐前進の訓練を受けながら、
蟻が巣に帰ることができることを画家は羨んだのでした。
「個人の意志」がいっさい無視される戦時中
自分の精神のバランスを保つために
画家は、青空を、夕陽を、朝陽を、夜空をみあげていたようです。
兵士たちは戦地で様々なものと戦うけれど、
そのうちの一つが郷愁だと「月の出」「日の出」という絵の
説明に書かれてありました。

ほかに広島の原爆と向き合った画家夫婦の作品も展示されていました。
丸木俊は、やはり新潮少年文庫の水上勉の小説に挿絵を描いています。
この方にもじわじわと惹かれているところでしたが、
この原爆の絵は、じっくり見たいというものではありません。
丸木俊という人がなぜこの絵を描かなければならなかったのか
その事実に心が痛むばかりです。

平塚はわたしの思っていたのとはだいぶ違う町でした。
駅から美術館に向かう道の途中に公園や神社があって
紅葉がきれいでした。
開館して25年だそうですが、とてもきれいでほっとする空間でした。

香月
(オンマウスで、ロビーのユニコーン。どーんと二頭いました。)


関連記事 in my blog: 画家の詩、詩人の絵,  母のまなざし 父のまなざし, 10冊のタイムカプセル

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2016.11.16  トロールの森 2017 


夏が終わってから、すっきりしない天気が続いていましたが、
善福寺公園でトロールの森展が始まった11月3日は
とてもいいお天気。秋晴れでした。
きれいだなぁ、面白いな、なんじゃこりゃぁ
なんて、いつもとはちょっと違う公園を散歩するのが楽しみです。

公園入口すぐに、ちょいと小さ目の白い足跡がいっぱい。
(中尾紫香グループ・ソクセキ)


林の底を、せんべいみたいな
おいしそうなエイが泳いでました。
(市村 多眞美・遊泳)
Troll2016-01.jpg

こうして写真に撮ると、東南アジアのレストランみたいだけど、
電球が樹からいっぱいぶら下がっているのが果実のようです。
Troll2016-04.jpg
青い実もいいな。(光彩デザイン工房・虹のしずく)
Troll2016-03.jpg

てっぺんにミラーボールが乗っているし、
内側には、くだけたCDが散りばめられているし、
キラキラ大好きなカラスがそわそわしそうな、
インディアンの移動住居(ティピー)風。
スナフキンがギターを弾いてそう。
(西荻ラバーズフェス・蓮の蕾)

Troll2016-02.jpg

11月23日までなので、もう一回くらい行きたいです。

関連記事 in my blog: トロールの森 2009 その2

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2016.11.15  タンゴ 冬の終わりに 


Fuyutan0.jpg
(1984年 初演時のチラシ)

先日亡くなった平幹二郎が演じている、
「タンゴ、冬の終わりに」は、初演と再演の2回見ています。
その後、ずいぶんたってから同じ役を堤真一がやっているのを観ました。
つい最近のことのように思っていたら
なんと10年前の今日、2006年11月15日でした。
日記を読み返すと、
「若い頃観たときの、
何がなんだかわからないけれど感動してしまうような
そういう感覚は全然思い出せず、
小学生の時楽しかったシーソーに乗っても、
何がそんなに楽しかったのか思い出せないような・・。」
なんて書いてありました。

それからさらに10年の歳を重ね
はたと気づけば、この舞台を演出した蜷川幸雄も
相手役の松本典子も亡くなってしまって、それこそ、
取り壊しになる映画館「北国シネマ」の客席に坐っているような
寂しさがあります。
最後の台詞が好きでした。
ここは予定通り、5月に取り壊されます
美しく、哀しい廃墟・・魂のすみか・・
それ自体 ひとつの魂

初演は4月、桜の季節だったので、舞台がはければ消えていく
そういう切なさがなんともいえずいいなと思ったものでした。

久しぶりに、チラシを引っ張りだしてきて、
ちょっと面白いことに気づきました。
初演のときは、「鳴り響くタンゴが呼び醒ます、平家伝説の世界」
とあり、引退した俳優、清村盛(主人公)について、
「最後に演じた平清盛役で、現実と虚構の壁が壊れたとも」
なんて説明書きがあります。
そうだったかなぁ、
と戯曲を読み返してみましたが、やっぱりそんなシーンはありません。
再演の時のチラシには、
「あの輝かしくも哀しかった青春の日々、追憶と狂気
たぐりよせる愛の残照」
とあり、
うん、それは確かにという感じです。
初演は、予定していたものとは違ったものに仕上がって
チラシの変更は間に合わなかったのかもしれない。
それでも、まぁ、いいやという長閑さ。30年前でした。

Fuyutan1.jpg
(1986年 再演時のチラシ)

関連記事 in my blog: 雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた

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2016.11.14  るつぼ 




今年は渋谷でハロウィンのために交通規制が引かれたりしてましたが、
これもまたハロウィンゆえの上演なのかなと思いながら
渋谷のシアターコクーンで、アーサー・ミラーの「るつぼ」を見ました。
魔女裁判の事件を元に集団心理の怖さを描いた芝居です。
舞台は、1692年のアメリカ東部のせーラム。
日本でいえば元禄時代。
地球規模の異常気象で、洋の東西を問わず
作物が不作となり、飢饉が発生していたそうです。
少女数名が魔女に取りつかれた、という騒ぎに端を発して、
死刑者が19人にも及ぶ異常事態。

その大騒動は、村人たちの小さくまた個人的な騒動が
寄り集まって、増幅していくものでした。
たとえば、病弱な妻の目を盗んで、若い女と浮気した農夫。
この農夫に恋い焦がれる若い女が
恋敵の妻を魔女だと言い立てるのです。
この三人を演じていたのは、
堤真一、松雪泰子、黒木華。
黒木華の安珍清姫みたいな無邪気さと残酷さ。
松雪泰子の静かだけれど、ゆるぎない存在感。
そこまで女に想われてしまうがうなずける堤真一の魅力。
恋物語としては、
道徳観とか、正義感とかいう部分が強すぎる台本ですが
それでもなお、鮮やかな心模様を見た気がします。

このキャストで、
清水邦夫の「タンゴ、冬の終わりに」を見てみたいなと
思ったのでした。

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2016.11.12  耳鳴りのうた 



(大昔のチラシです。)

下北沢の小劇場「スズナリ」に初めて行ったのが、
30年以上も前の「戸惑いの午后の惨事」でした。
「あの大鴉、さえも」と同じ、竹内銃一郎の作品です。
空き地で「がまの油売り」の口上を練習している二人組が
組織的な殺人の目撃者となってしまい
それを金で口止めされてしまうという話でした。

芝居のラストで、主人公の「わたし」が
蝦蟇の油売りの口上の代わりに
石原吉郎の「耳鳴りのうた」という詩を朗々と吟じます。
俺が忘れてきた男は
たとえば耳鳴りが好きだ

石原吉郎は、香月泰男と同様に
第二次世界大戦後、シベリアで捕虜になり
強制労働をさせられた人です。
この詩のラストの方に、「棒紅」という言葉が出てきます。
その男が不意にはじまるとき
さらにはじまる
もうひとりの男がおり
いっせいによみがえる男たちの
血なまぐさい系列の果てで
棒紅のように
やさしく立つ塔がある


わたしはこの棒紅の意味がずっとわからなかったのです。
当時、広辞苑など、あれこれ調べました。
でも該当する言葉に出会えず、
詩に出てくる岬という言葉と
別の「本郷肴町」という詩から
棒鱈を思い浮かべていましたが、全然意味が通じません。

先日「大鴉」を見に行ったとき、ふいに思い出して
ネット検索したら、なんとすぐにわかりました。
リップスティックのことでした。
ちょっと考えればわかりそうなものですが、
俺だとか、男たちだとかいう言葉からは連想できませんでした。
でも、ようやくああ、なるほどと。
芝居の最初と最後に、まるでマクベスの三人の魔女のような
キャバ嬢風の女たちが、無邪気に空き地に種を植えていく意味も
今はわかるような気がします。

30年ぶりに、謎は解けたぞ。
桃栗3年柿8年、ワタシのオオバカ30年でした。


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