空飛ぶ色いろnatsuno07

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2017.07.25  聞かせてよ愛の言葉を 


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家族手帳 Livret de famille
(水声社 2013/1/10)
パトリック・モディアノ 著 安永 愛 訳

阪大の文学部長の「何のために文学部に行くのか」
という式辞が話題になっているそうです。

そんな折、村上春樹が韓国で歴史問題と文学について語った言葉を
ネットでみかけました。
「大きく深い集団的な心の傷を有効に表現し、
癒すことが文学の役割ではあるが、
明確な目的を持って書かれた小説は
大部分が文学的に成功できないという事実を肝に銘じなければならない」

例えば、どんな小説が「明確な目的を持って書かれている」のか
知りたいような気がしますが、ともあれ
数か月前に読んだ、「騎士団長殺し」「影について」「家族手帳」
この3つの小説は、
「大きく深い集団的な心の傷について」の小説でした。
言い換えると第二次世界大戦という
歴史的背景をかかえた物語です。

モディアノの「家族手帳」の翻訳者
安永愛のあとがきには、以下のようなことが書かれていました。

そもそも文学に人を行動に駆り立てる直接的な力はない。
世の不正を糺したり、あるべき未来を指示したりする展望の力もない。
モディアノはそのことを強く感じていることだろう。
しかし、書くことを通じて、書かれたものを読むことによって
何かを悼むことはできる。愛おしむことはできる。
悼み、いとおしむことで他者の生を生き、
少しばかり自分の立ち位置について思いを巡らす。
文学に可能なのは、そのようなささやかなことではないだろうか。


「聞かせてよ、愛のことばを」というシャンソンは
作者の中にユダヤ人がいるために
占領下のパリでは歌うことが禁止されていたそうです。
でも年越しライブでその歌を歌っている歌手がいる。
それを聞いている父母がいる。
その二人から生まれた「わたし=パトリック・モディアノ」が、
自分の知らない、その過去の瞬間に思いをはせています。
「自由」「魂の尊厳」「愛」などなど
もろもろが混ざりあいながら、
たしかに、そこにあるのは、人の愛しさだなと思うのでした。

関連記事 in my blog: 家族手帳, 影について

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2017.06.12  家族手帳 Livret de famille 


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家族手帳 Livret de famille
(水声社 2013/1/10)
パトリック・モディアノ 著 安永 愛 訳

モディアノは1945年生まれの、ユダヤ系作家で、
2014年にノーベル文学賞を受賞しています。
「家族手帳」は1977年、著者が32歳の時に出版されています。

ばらばらな記憶の断片が時系列を無視して
並べられていく不思議な小説です。
そもそもいったい何の話なんだと、
最後までよくわからないまま
尻切れトンボに終わる話や、詩のような話
映像のような話、が全部で15章。
そのうちの9章は、かつてフランス語の授業で
読んだことがありました。
1965年スイスのローザンヌで、
若者たちが過ごす夏の話。
主人公は、戦後生まれであるにもかかわらず
風化することのないホロコーストの恐怖に、
たえず脅かされています。
それがもっとも顕著なのが、9章でした。

Livret de famille(家族手帳)は、
日本だと戸籍謄本のようなもので、
言葉としては、いたって事務的な響きなのだそうです。
主人公の父はユダヤ系であったため、
身元を隠すため、実際とは異なる名前で届けられています。
その誰とも知らないような別人の名や、
それを形見と呼ぶよりほかに何も残っていない
記憶の遺品のようなものが
脈絡なく並べられている、そういう小説です。
14章で主人公は、たまたまみかけた不動産広告が
かつて幼い頃暮らしたアパルトマンだったため再訪します。
夜、暗いセーヌ川をすべる川船の光が
部屋の中を一瞬明るくします。
その光に、主人公は「かつての家族」を
ありありと思い出しています。

占領下のパリでは、影からあまりにどぎつい光へと
光から闇へと、人はいとも簡単に移っていってしまう


関連記事 in my blog: 戦争と美術 画家の魂

あらすじは(続きを読む)から。 ご参考までに。
←続きを読む



2017.06.04  影について 


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影について
(1993/11/25 新潮社)
司 修 作

画家らしい切り口、
色、光、形、音、影、白、点
について、それぞれ2つの短編で描かれます。

偽悪的とも露悪的とも、
自虐的とも他虐的ともいえる小説です。
少年時代、蝉や蛙のような無害な生き物をいたぶった光平が、
結婚して、赤ん坊を抱き命の重みを知ると、
危険なスズメバチを殺すことをためらいます。
そういう「感傷的」な勘違いというか、
自分にとって、本当に危険なものとそうでないものを
見分ける能力がダウンしている状態、
誰かに反発しながら、
けっきょく自分がされたことと同じことをする状態。
それはもう、どんな時代にもありうることなんだろうさ
ということなのか。

著者が絵本にするならまずこれだと思ったという
「セロ弾きのゴーシュ」も
ある意味「動物虐待」な話ではあります。
楽団の中で劣等感を抱えるゴーシュが
訪れる動物には、えばったり、意地悪をしたりする。
そういえば、わたしはこの話それほど好きじゃないんだな
ということを思い出したりしていました。
特にカッコウがガラス窓に何度もぶつかるところが痛い。
最後にゴーシュは謝るけれど、
カッコウの恨みは残るなぁ、などということを
メラメラ考えていました。

人間は心で感じ、心で生き、心の病いを持つが
人間の体のどこを探しても心は見つからない。
「いのち」は見つけられるのに形とすることができない。

そうなのか。
装幀は著者によるもので、とても素敵だと思います。

関連記事 in my blog: 気ままなる旅 装丁紀行

あらすじは(続きを読む)から、ご参考までに。
メモ程度です。
←続きを読む



2017.04.23  騎士団長殺し 



騎士団長殺し 
第一部 顕れるイデア編 ・ 第二部 遷ろうメタファー編

(新潮社 2017/2/25)
村上 春樹

読了しました。
なんというか、いろいろでした。
父と子の問題、戦争で亡くなった人を鎮魂するということ、
暴力を前にしたときの人間の弱さ、プラトニックラブなどなど。

二部に入ってからの展開は、
不思議の国のアリスさながらというか、
子供の「ごっこ遊び」のようでした。
きゃーきゃー怖がることでエキサイトする感じ。
わたしはむかしから、この「ごっこ遊び」に
のりが悪いほうだったので、
かなり盛り上がり切れない気持ちで読んでいました。
そういえばフクロウも出てくるし
「禁じられた遊び」のようでもあります。

タイトルから「ジョバンニ」が連想されたり、
画家が亡くなった妹を深く愛していたことや、
東北地方をさすらうところから
宮澤賢治的な世界になるのかと思いましたが、
まったく関係ありませんでした。
オペラ、ドン・ジョバンニすらも
あまり関係なかった気がします。
先日読んだ「戦争と美術」のような話も少し期待しましたが、
まったく関係ありませんでした。

箱やカバーだけあって中身の抜けている本棚の前に
立っているような感じ。
画家がいないアトリエの
がらんとした感じとも似ています。
小説の中でも引用されていましたが、T.S.エリオットの
「我ら虚ろな人間たち・・」なのか。
虚ろではあるけれど、
何かを愛さずにはいられないということなのかなと。
We are the hollow men
We are the stuffed men
Leaning together
Headpiece filled with straw. Alas!

関連記事 in my blog: 戦争と美術 画家の魂

あらすじは(続きを読む)から、ご参考までに。
←続きを読む



2017.04.20  騎士団長と裸の王様 


hadakano_.jpg
(本棚からひっぱりだした古いアンデルセン童話集では、「裸の王様」じゃなくて、
「王さまのあたらしいきもの」というタイトルになっていました。)

村上春樹の「騎士団長殺し 第一部 顕れるイデア編」
を読み終えて、第二部に入りました。

小説を読みながら、
アンデルセンの童話「裸の王様」のことを考えていました。
「愚かだと見ることができない」と言われた服を着て
王様が裸の行進をしてしまうという話です。
それを見抜くのが無邪気な子供という
いかにもアンデルセンらしい童話です。
詐欺師の仕立て屋が全面的に悪者で、
王様を含めて大人たちは愚か者です。

そんな本来の童話を離れて、もしある仕立て屋が、
本当に「愚かだと見ることができない」服を作ったのだとしたら。
たとえ王には見えていなくても、
家来にも見えていなくても
王国の大部分が愚か者だったとしても。
「愚かだと見ることができない」という服を着ることこそが
真理であるとはいえないだろうかと。
実際は50%の人にはその服が見えていたけれど、
国王は見えないので、裸だと言った子供が正直だと褒められる
それこそが愚かさということじゃないかと。

別の仕立て屋のことも考えました。この人は
「裸こそが、最高に美しい服」
というコンセプトで見えない服を仕立てたのです。
知恵の木の実を食べて、裸を「恥」と思う、
それこそが愚かさではないかという主張。
楽園回帰な服です。

そういう「目に見えない服」というのが、
イデアというものだろうか
というようなことを考えていたのです。
聞いたところによると、この小説は答えを出さないそうなので、
先を急がず、ゆっくり考えながら読んでいます。
(裸の王様は出てきませんが)
二部からはじわじわと、残酷なシーンが見え始めました。
もろもろ、気持ちの悪い状況になっていっています。

関連記事 in my blog: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

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2017.02.03  夏目漱石の「こころ」を読む 


moritokaigan4.jpg
(旺文社文庫の表紙絵はこんな感じ。)

夏目漱石の奥さんの語る「漱石の思ひ出」は
あまりに面白くて、読み終えてしまうのが惜しく
残りちょっとのところで中断しています。
それで、合間にひとつぐらい、夏目漱石の小説を読もうかなと
「こころ」をKindleにダウンロードして
会社の行きかえりにスマホで読みました。
これを明治の文豪、漱石が見たらどんな顔をするのか。
こんな感じに時代が進んでくると、
夏休みのたびに、学生向け名作にラインナップされていた
夏目漱石の「こころ」なんていうのも古い話です。

古いわたしは中学生の時、受験用参考書の旺文社が出している
旺文社文庫で読みました。
いろいろ解説や注釈がくわしい文庫だったと思います。
内容はすっかり忘れていましたが、
カバーの絵が浜に打ち上げられたヒトデの絵だったことは覚えていました。
今はもう旺文社文庫そのものがない・・・。

さて小説は、鎌倉の海岸で見かけた「先生」を
「わたし」が好奇心にかられて追いかけていくところからはじまります。
巧みな文章で夏の美しい海岸風景が目に浮かぶようです。
中学生の時は何にも思わずに読んでいましたが、
「ベニスに死す」の逆パターンみたい。
しばらくするとこんなやりとりがあります。

「恋に上る楷段なんです。異性と抱き合う順序として、
まず同性の私の所へ動いて来たのです」
「私には二つのものが全く性質を異にしているように思われます」
「いや同じです。・・・」


危篤の父を看取ることもせず、
「先生」の安否を確かめに東京へ向かってしまう・・
そういう衝動的な行いは、
「わたし」が「先生」に恋をしていたことの現れであるように
感じられました。
そして後半に連綿と続く遺書を読んでいると、
自殺したKと「先生」のこころにも、お譲さんへの恋とは違う、
「恋」があったのでは・・と思うのでした。
「男同士」とか「男女」いうことはあまり重要なことではなくて
「恋というものは残酷でエゴイスティックだ」ということが、
自殺現場のリアルな描写に感じられます。

そこに「漱石の思ひ出」の本を重ねると、
それじゃあ、あまりにさびしすぎる「こころ」が
少しぬくもりを帯びるような気持ちになるのでした。

moritokaigan2.jpg
(鎌倉ではないけれど、湘南の海。遠くに江の島、もっと遠くに富士がぼんやり見えます)


関連記事 in my blog: 夏目漱石の妻

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2016.11.26  仏ヶ浦 飢餓海峡の舞台 


仏ヶ浦
(巨大な鷲がとまっているように見える岩。
オンマウスで、ムーミン一家のような岩が見えます。)

なぜか11月に初雪が降った上に積もった東京。
そんな寒い今日この頃ですが、夏休みの思い出、
青森旅行の話をちょこちょこ書きたいと思います。
青森に行こうと思いたったのは、
新潮少年文庫の作家、水上勉と三浦哲郎の作品の風景を
実際に見てみたいと思ったからでした。

水上勉は「蛙よ木からおりてこい」でも取り上げていたように
飢えるということ、喰うということを
たびたび小説の中で表現しています。
「飢餓海峡」は終戦直後の混乱した時代に
強盗殺人を起こした男が、仲間を殺し
生き延び、成功者となるも、
のちに自分の過去を知っている女を口封じに殺すという話です。
その男、犬飼多吉(のち垂見京一郎)が最初の殺人を
犯して、逃げるのが津軽海峡の仏ヶ浦です。

冬は海が荒れるので観光船も出ないという
そんな難所、どんなところなのか??
と長い間思っていました。
その日はちょっと雨が降ったりやんだりで
おどろおどろしいことになるのか・・と思っていたら、
「極楽」という言葉がぴったりする綺麗な風景。
鷲がとまっているように見える岩など、
異国にいるような、ファンタジックな感じでもあります。
しかも海の色もとてもきれいです。
天気がいい日の夕方は、白い岩肌に夕陽が映えてさらに綺麗だそうです。

hotogegaura1.jpg
(海の水がエメラルドグリーン)

やっぱり見てみないとわからないものだなぁと思うのでした。
この飢餓海峡が新聞小説として日々新聞に載ったのが昭和37年。
今年と同じく11月に東京に雪が降った年でした。
そして小説の中で、第二の殺人が起きるのは、舞鶴。
香月泰男もシベリアシリーズの中で「海峡」の絵を
描いていますが、引き揚げ船が多く戻ってきた港でした。
大人たちは、その苦しかった記憶を
次の世代に語り伝えようとしていたのでした。
でも、風景はただただ無心できれい。

Kigakaiyo0.jpg
(古い文庫の表紙は、篠田桃紅でした)

関連記事 in my blog: 蛙よ、木からおりてこい

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