空飛ぶ色いろnatsuno07

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2017.02.19  力いっぱいきりぎりす 



力いっぱいきりぎりす  
(岩崎書店 2009/12/10)
村上康司 編 nakaban 絵

昨年の3月には、西荻のURESICAで
『nakaban 個展「dessin」』を見ました。
先日の「ことばの生まれる風景」の画家のデッサン展です。
そのときに、「力いっぱい きりぎりす」という本を買いました。
虫、魚、鳥、動物が詠まれた俳句に
簡単な説明と絵がついている子供向けの絵本です。

連続したストーリがあるわけではないのですが、
14の句の絵のどこかに必ず帽子があるので、
こどもは、その帽子をさがしながら
先に進んでいくのかなと思います。
句の意味はわからなくても、絵の印象はこころに残り、
大人になって、ふとその句を探してみたくなるかもしれません。
そして帽子を追っかけてきた子供は、
ラストの3句で、列車に乗ります。
「露地裏を夜汽車と思う金魚かな」
露地裏から走り出した夜汽車が
見上げるように高い鉄道橋を渡り、
「なかよしの未知なる獏や朧の夜」
ついには天の川を走って行きます。
「長生きの象を洗ひぬ天の川」
そして夜汽車の窓から
さようならというように差し出された帽子
それが最後の絵です。

もし、銀河鉄道の夜を読んだことがあるなら
「イギリス海岸」を歩く宮澤賢治の写真を見たことがあるなら
あの帽子どこかで見たような・・と思うかもしれません。
ジョバンニが死んだ友だちと一緒に乗った銀河鉄道に
とても良く似ています。
それぞれの句の中にある一瞬一瞬の連続が
大きな宇宙へと広がっていくようです。

涼風に力いっぱいきりぎりす(一茶)
やがて死ぬ景色は見えず蝉の声(芭蕉)
この二つの句が並んでいるのも面白いと思いました。
ぎりぎりすの方は、
画面いっぱい怖いくらい巨大に存在しています。
いっぽう蝉の方は、あわい緑の空間に小さく飛んでいるシルエットが
儚く見えるのみです。
それぞれの俳人の死生観というものが、
絵の視点の違いで際立ちます。
生きて、死ぬということの意味。
子供がそういうことを考えるのはもっとずっと先のことでしょうが、
幼いときにこの本に出会ったら、
何を考えていただろう、と思うのでした。

関連記事 in my blog: SL銀河に乗ってきた

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2017.02.09  ダーシェンカのいる風景 


平和広場
(プラハにあるチャペック兄弟の碑、JOSEFは兄の方で画家です。彼は収容所で命を落としました。
反対側にKAREL。オンマウスで、ズームアウトします。)

わたしは、カレル・チャペックの童話しか読んだことがありませんが、
彼はジャーナリスト、あるいは劇作家として、ナチズムに抵抗し、
ゲシュタポに捕まる直前に亡くなったそうです。
伴田良輔訳「ダーシェンカー愛蔵版」のあとがきには
以下のような文章があります。

互いの生活のささやかなディテールを知り、
同じ人間として普通の生活をしていることに想像力を働かせてみれば
戦争などはじめられるはずがない


『ダーシェンカ』は、動物たちとともにある普通の生活、
あたりまえの日常がどれほど大事でいとしいものかを伝えてくれます。
・・・大きな得体の知れない暴力によってそうしたものが消えてしまわないことを
チャペックは願っていました。


果たして「大きな得体の知れない暴力」は
お互いの日常を理解しあうことで防げるかどうかはわかりません。
他者の窮状を知れば知るほど、
差別や警戒心や蔑みが増すということもあるだろうし、
他者の幸福を知れば知るほど
妬み、憎しみを増すということもあるでしょう。
ダーシェンカの駆け回る庭、
そんな平和な風景こそ、稀有なのだと思えたりします。

判田訳では、ダーシェンカの成長を促す声が
「自然の声」とされていましたが、
栗栖訳では「どこからともなく聞こえる声」と訳されていました。
どちらであっても
ダーシェンカが強く幸せに生きる方向に導いてくれる声に
平和への道を尋ねたいような気がします。

プラハに行ったとき、チャペックの碑を見に行きました。
ナームニスティー・ミールという地下鉄駅から
上にあがってくると
木々の緑が美しく、子供たちが楽しそうに遊んでいました。
木の幹につかまって、かくれんぼをしている子もいました。
ダーシェンカがそうであったように、
どこの国でもかわらない
無邪気でうるさくて、元気な子供たち。
その地下鉄駅はチェコ語で、「平和広場」を意味するのだそうです。

chapeck0.jpg


関連記事 in my blog: 園芸家12ヶ月


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2017.02.07  ダーシェンカ 愛しい子犬の本 


Dasenka00.jpg
(白っぽい表紙は判田良輔訳、青土社 2015 ダーシェンカ 愛蔵版)

漱石は大変な動物好きだったそうです。
「漱石の思ひ出」に、夏目家が熊本にいた頃飼っていた犬の話があります。
人に噛みつき、警察にしょっぴかれてしまった犬を、
漱石はものすごい理屈を並べ立てて、奪還します。
ところがこのワンコ、今度は夜更けに帰ってきた漱石を
飼い主と理解せず噛みつくのです。
奥さんは大笑い。

犬の話、といえばカレル・チャペックの「ダーシェンカ」。
チャペックの少し憂いのあるユーモアは
どこか夏目漱石と似ているものがあるように感じられます。
チャペック自ら描いた犬の絵がまた可愛い。
ありとあらゆるものを噛み噛みし、壊し倒し引っ張り
まったくじっとしていない子犬のダーシェンカ。
いろんな意味で溜息が出てしまうような日々が過ぎ、
やがて別れの日がきます。
ダーシェンカは新しい家族にもらわれていくのです。
チャペックが撮った写真もたくさん載っていて、
「小犬の写真を撮影するには」という、これまた愛しいお話もあります。

今手もとには3冊の本があります。
いちばん最初に読んだ本は、図書館で借りた
伴田良輔訳の「小犬の生活ーダーシェンカ」(新潮社)でした。
当時その本は絶版。
残念に思っていたら、本屋さんで
海山社から出ている栗栖茜訳「いたずら子犬ダーシェンカ」をみつけました。
その後、読めもしないが、どうしても欲しくてプラハで買ったチェコ語の本が2冊目。
そして同じ2015年の暮れに、青土社から
伴田良輔訳で出版されている「ダーシェンカー愛蔵版」を見つけ
3冊目を大喜びで買ったのでした。

3冊とも挿絵のレイアウトが違っていて、
それぞれに雰囲気があります。
チェコ語がわからないので、
栗栖訳、伴田訳のどちらが原文に近いのかわかりませんが、
伴田訳のほうがお父さんぽいです。
栗栖訳は子犬のじっとしていない感じが
ものすごく伝わるレイアウトになっています。
「です、ます調」なので、より子供向けな印象です。

内容は全然難しくないし、絵も楽しいし、写真まである
ただあるんじゃなくて文も絵も写真もそれぞれに
とてもいいんです。
こんなに素敵な本ですが、日本では
さほど有名な児童書ではないような気がします。
むしろ大人に熱烈に愛され、絶版させない努力ゆえに
残っている本なのかなと。

関連記事 in my blog: 夏目漱石の妻 カッパ会議 

Dasenka01.jpg
(青い表紙は栗栖茜訳、海山社 2008 いたずら子犬ダーシェンカ、一番左はチェコ語の本。)


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2014.04.22  動物を守りたい君へ  


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動物を守りたい君へ (岩波ジュニア新書)
(2013/10/19)
高槻 成紀

本日、Earth Day。ちょうどこの本を読み終えました。
著者がいうところの生物のリンクの重要さ。
「風が吹けば桶屋が儲かる」なんて言い方もあるけれど、
仏教の輪廻転生なんて言葉も彷彿として、
生物学の本だけれど、哲学的でもあります。
難しいことばが使われていないので、ココロに「沁み」ます。

人が見ることは植物にとってはなんの意味もありません。

たしかに。花からすれば、「まあキレイ」と寄ってくるニンゲンより
受粉の助けをしてくれる虫こそウェルカム。

体の大きさ、力、攻撃などを基準にすれば「強い」大型肉食獣は、
生態学的に見れば実は一番ひ弱な動物なのです。


だからと言ってむやみに保護しても、
かえってひどく「リンク」を壊すことにもなりかねません。
モンゴルの草原に野生馬を復活させようとするとき
他の動物のテリトリーを侵さないか調査研究がされたそうです。
まさに「冒険者たち」な「研究者たち」ですが、
現実は地味で単調で、根気のいる調査だったそうです。

もっとも記録されている絶滅というのは鳥や哺乳類が中心で、
実際には昆虫や貝類などもたくさん絶滅しています。
しかし、人はそういう動物にまで目が届かないために、
気がついたらいなくなっていたとか、
その存在さえ知られないままに絶滅したものもたくさんあります。


日常のささやかなことでも、
環境破壊をしないこと
そういうことを意識的に考えてみようと思うのでした。

関連記事 in my blog: 冒険者たちーガンバと15ひきの仲間,  Our Stolen Future

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2013.08.12  だれも知らない国で 


だれも知らない国で
(マウスをのせると表紙にズームします。)

ブランコのむこうで (新潮文庫)
(1978/05/29)
星 新一

1970年代に「新潮少年文庫」として出版された10冊の本の
第一巻にあたる「だれも知らない国で」は、
現在、「ブランコのむこうで」と改題され、文庫になっています。
「新潮少年文庫」の表紙は、
香月泰男のブリキのおもちゃを使ったデザインですが、
大人になって山口県立美術館で、
この第一巻の空中ブランコをしている道化師と似た作品を見たとき、
あっこれはもしかして・・・と気づいたのでした。

「だれも知らない国で」は、
ある少年が自分とそっくりの少年を追っかけているうちに
ひとの夢の中にさまよいこんでしまうという物語です。
自分の父親の夢から始まって、病院で闘病生活をする少年の夢、
子供を亡くした母親の夢、失職中の男の夢、自殺者の夢、
催眠術にかかっている人の夢、彫刻家の夢、赤ん坊の夢。
大人になって読むと、彫刻家の夢が印象的です。
完璧と理想を追い求めた一人の芸術家は、
最後の作品として何を作り出そうとしているのか。

少年が砂の山だと思ったものは、彫刻家が
大理石を削り続けたことでできたものでした。
その時、彫刻家は言います。

「知らなくていいことさ。わたしにとっては意味のある砂だが、
ほかの人にとってはただの砂にすぎない」


最後の作品もさることながら、
その砂の山もまた美しいものだとわたしには思えてなりませんでした。

関連記事 in my blog: 「ユタとふしぎな仲間たち」の表紙


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2013.07.21  つぶやき岩の秘密 


つぶやき岩の秘密
(マウスをのせると表紙にズームします。)

新潮少年文庫6巻として1970年代に出版された新田次郎の小説で、
海難事故で両親をなくした少年が、
その事故の裏に隠された、戦争の傷跡と
悲しい真実を知ることになるという物語です。
海の潮位を利用して隠されていた秘密を暴く「きっかけ」になったのは、
少年が小舟を出しては海の洞窟へ聞きに行った
「つぶやき声」のような音でした。
同じ新潮少年文庫の中の「遠い岬の物語」も
「戦争の傷跡」「少年の成長」「親の死(海難事故)」
をキーワードにした作品ですが、
サスペンス仕立てになっているこの作品からは、
また違った海の風景が見えてきます。

ラストに少年は決断します。
子供の頃読んだ時には、「そうだろうな」くらいに思いましたが、
大人になると、「ちょっと待ってぇ。」と思ったりします。
なるほど、こうして読み返してみてわかる
自分は「大人」だ、と肩を落としたりして。

別のお話ですが、黄金を手放せば飛び立てるとわかっていて
なかなか手放せない火の鳥が出てくる「まえがみ太郎」に
こんな場面があります。

「だが、わしにはできん。こがねをすてることはできぬ」
「そうかなあ、そんなもの、すてちまえばいいじゃないか。
空をとびまわるほうが、ずっといいじゃないか」
「なかなかすてられないのよ。わたしの父は八十八の倉をおいかけて
水の底までいってしまいましたもの」


最後は、まえがみ太郎が助けた「長者の娘」のことばです。
大蛇の起こした大洪水に長者はのまれてしまいました。
「お金」を前にしてどういう決断をするのか、
それこそが、自分の人生をどう生きるかということなんだよね、
と、あらためて小学生に返ったようなキモチで考えたりするのでした。

つぶやき岩の秘密 (新潮文庫)
(2012/05/28)
新田 次郎


関連記事 in my blog: 花は来年も咲くけれども, 遠い岬の物語, まえがみ太郎


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2013.03.10  遠い岬の物語 


遠い岬の物語
(マウスをのせると表紙にズームします。)
新潮少年文庫の第4巻、「遠い岬の物語」は、
「螢の河」で直木賞を受賞した伊藤桂一の作品です。

海難事故で死んだ父の友人である「おじさん」が、
少年に漁業の「いろは」を伝授するというちょっと教科書的設定です。
四国の海や岬の風景の美しい描写を交えながら
釣る魚の種類によって道具もエサも方法も多岐にわたる漁の繊細さ、
要求される、慎重さ、忍耐強さが
わかりやすく説明されています。

「おじさん」が、戦争から復員してきた人で、
戦地に赴いた人のこころの痛みと、戦後を生きる覚悟のようなものを
語る場面があることからすると、
主人公の少年、高男は昭和30年代(1960年代)の小学生かもしれません。

銀河鉄道の夜のジョバンニは、印刷所で働いていたし、
つい前の記事の「ちょろりん」はランプのガラス磨きの仕事をしていました。
明治、大正という時代の中ではごくあたりまえのことですが、
少年高男の生きる「昭和の日本」は、そろそろ
少年が、「仕事」をする機会はレアになっていたと思います。

「小型船舶でも、免許がいるのじゃないだろうか?
小学生が一人で船を出せるものなのか?」
「子供に船を貸した「おじさん」は、
なんかの法律に違反しないのか?」
というようなことをつい考えながら読み返していましたが、
時代がすっかり変わっているので、古い図鑑のような部分もあります。

なにしろ海や魚のごきげんできまることだから
こっちが考えるように、そううまくはいかないのさ。
でも、みんな海に浮かんでいるのは、
海が好きで、離れられないからなんだ。


「おじさん」のそんなことばに、
すさまじい津波被害から、もう一度漁業を再開しようと
がんばっている三陸沿岸の人たちの努力が
重なるような気がするのでした。

関連記事 in my blog: 古城の歌,  めっちゃ医者伝


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